研究室紹介

地域水環境 ~その多面的機能の解明と制御を目指して

このページでは水環境学研究室の研究の一部を紹介します.

水環境学研究室では,中山間域から沿岸浅海域に至る流域圏を対象に,個々の水域から流域に至るマルチスケールの視点による健全な水循環と水質環境の創出を目指した水環境保全に関する研究を進めています.現地での観測や室内での実験によって得られたデータの分析に基づき数理モデルを構築し,そのモデルを用いた数値シミュレーションによって現象を再現・予測しています.最新のハイドロインフォマティックスやエコインフォマティックスの技術を積極的に導入している点を特長としています.

 農林水産業の生産基盤の水環境保全に関する研究テーマを, ①GIS流域グループ,②浅海域グループ,③閉鎖性水域グループ,④生物多様性グループ,⑤自然材活用水質浄化グループ,⑥農薬グループ,以上の研究グループが国内外の流域圏を対象に研究を進めています.

GIS援用窒素・リン負荷流出モデル

地理情報システム(Geographic Information System,GIS)とは地理情報を作成・加工・管理・分析・可視化・共有するための情報技術です.GIS技術を活用することで,地域規模から地球規模までの地理情報をデジタル情報として容易に利用することができます.空間統合ルーツとしての有用性から様々な分野で注目されています.このシステムを利用し,各種の流域情報を統合し,それらに基づいて分布型流出モデルを構築し,流域の水循環・物質循環を明らかにすると共に,モデルを用いたシナリオ分析で,将来予測を行ったりしています.上流の森林域から下流の沿岸浅海域までを俯瞰して流域管理を行う「流域水環境統合管理」には欠かせないツールです.

窒素・リン負荷流出モデルの開発
(瑞梅寺川流域)

各種流域情報の抽出
(筑後川流域)

東南アジア流域における物質・水循環

東南アジアなどの新興国では,急速な経済発展に伴う都市化や人間活動の活発化により,水循環および物質循環過程が大きく変化しています. また,農林水産業の生産基盤の環境劣化や機能不全が大きな問題となっています.

これらの諸問題を解決するためには,陸海域流域圏全体の水循環系と物質循環系を総合的に俯瞰する,いわゆる統合的な流域管理が必要不可欠で, 流域圏の水循環・物質循環を正確に把握することが,以前にも増して重要となってきています.

本研究では,農林水産業の生産基盤の深刻な劣化,機能喪失が進行中の東南アジア流域圏を対象に,流域圏水土環境統合管理手法の開発を目指しています.研究の過程では,実際に現地に足を運び,現地視察・調査を行っています.

ベトナム・サイゴン川上流での現地調査

ベトナム・メコン川流域における現地調査

浅海域の数理モデリング

海域の環境を知るために,海の流れや物質の移動を再現するシミュレーションモデルを構築します.例えば,流れのうち水平方向の流れのみを考える2次元単層モデルや,海域をいくつかの箱に分けて,その箱ごとに物質の移動を考えるボックスモデルなどを利用します.また,有明海に広がる干潟に対する処理や,博多湾の複雑な地形に対応した計算法など,対象とする海域ごとに適切な手法を選択して,シミュレーションを行います.

有明海における海底地形およびノリ養殖施設の空間配置のGISデジタルデータ作成

有明海における塩分の拡散
(灰色の部分は干潟)

海域資源の回復に向けて

現在,日本の海域では富栄養化という栄養塩過多による環境問題が発生している一方で,貧栄養化という栄養塩不足による漁獲量の減少などの問題が発生しています.そこで,私たちは海域のモデリング技術を用いて栄養塩の動態把握を行い,海域の水環境保全と持続的な漁業生産の両立に向けた最適なロードマップを提示することを目的としています.

ノリ養殖施設(コマ,福岡県)

ノリ養殖施設の配置換えによるノリの
品質への影響(窒素量の増加率)

浅海域の濁り予測

有明海は,九州西部に位置する九州最大の内湾であり,その湾奥には広大な干潟が広がる生物生産性が極めて高い海域です.特に,ノリの養殖やアサリ,タイラギ等の二枚貝の漁獲が盛んに行われ,豊饒の海と呼ばれています.

その有明海では広大な干潟が発達しており,有明海の水圏環境に重要な役割を演じています.干潟を構成する土粒子は有明海に流入する河川から供給されています.流入した土粒子は潮流の作用によって移動・堆積し,堆積した底泥は潮流や波の作用によって巻き上げられ,有明海沿岸域では常時,濁りが存在しています.また,巻き上げられた濁りは潮止まり時に再び沈降し,底泥となって堆積します.以上のような,干潟の形成過程を数値シミュレーションによって検討しています.

有明海における濁り予測

富栄養化水域の水環境評価

水環境修復に向けた取組みにおいて最も重要なことは,水環境の現状評価を通じて水環境劣化の原因メカニズムを究明することです.湖沼や貯水池の水質調査(有機炭素,窒素,リン,クロロフィルaなど)や生物調査(植物プランクトンの種構成など)に関するフィールド研究を行い,富栄養化水域の実態を調べています.また,高度なデータ解析を駆使した様々な調査結果の解析を行なっています.このような水環境の評価・解析を基に,水環境劣化の原因メカニズムの究明という視点から,水環境保全・改善に関する研究を行っています.

現地での水質調査

実験室での水質分析

富栄養化水域の水環境予測

水環境の保全・改善で欠かせないことは,現状の水環境が今後どのように変化するかという視点です.とくに,自然環境や土地利用形態の変化(地球温暖化や農地の宅地化など)に対する水環境の将来予測や,水質改善策(排水処理施設の設置など)の事前評価は重要で,このような環境アセスメントは予測という数学的手法に基づきます.そこで,水の流れによる物質輸送や生物化学的な反応を介した物質循環を考慮に入れた水質予測モデルを開発し,藻類や窒素・リンなどの水質環境の予測という視点から,水環境問題への解決に取り組んでいます.

アオコが発生した農業用貯水池

水質予測モデル概念図

LEDを利用した水環境改善技術

有機汚濁が進んだ水域は,その濁りにより水底まで十分な光が届かない環境下にあります.水中の乏しい光環境下では,呼吸による酸素消費量が光合成による酸素生産量を上回るため水中の酸素が欠乏し,その結果,様々な水環境問題(水生生物の酸欠死,有害な硫化水素の発生,底質のヘドロ化など)が生じます.このような水環境問題に対して,LEDを利用した水環境改善技術の開発に取組んでいます.これは,人工光照射による藻類の光合成の活性化に着目したもので,良好な水中光環境を作り出すことで水質・底質環境の改善を目指す技術です.

腐植酸の流入によって
茶褐色に濁った貯水池

室内LED照射実験

メダカ生息環境評価-農村生態系の保全

近年,農村地域において豊かな生態系をはぐくむ用水路や排水路を取り戻そうという機運が高まっています.生態系に配慮した水路の施工管理のためには,保全の対象とする生物の生息環境を定量的に把握することが重要となります.そこで,私たちの研究室では,現地調査に基づき,2次元水理モデルを用いて水路の流況解析を行い,流速や水深などの物理環境に対する生息場選好性の解析と組み合わせることにより,実水域における生息環境評価を行っています.

先進的エコインフォマティックス

私たちの研究室では,保全対象の生物がどのような環境を選好するかという,生息場選好性のモデル化に際し,近年,注目を集めている機械学習等の先進的手法を適用しています.ニューラルネットワーク(ANN)や回帰分類木(CART)などのオーソドックスな手法から,サポートベクターマシン(SVM)やランダムフォレスト(RF)などの先進的な手法に至る様々な解析手法について,各モデルの特徴を再現性と生息環境情報に注目して比較しています.

自然物質によるリンの回収

植物には窒素,リン,カリウムの三大要素が必要で,これらを含む肥料がなければ現代の農業は成立しません.しかし,この中でリンの原料は限られた鉱物資源であり,あと数十年で枯渇すると予想されています.

そこで,私たちは排水などに 含まれるリンを回収し農地に還元するために,また農業の持続性の観点から,自然物質を用いたリンの吸着を提案します.そのために,実験により自然物質のリン吸着特性を調べ,モデルにより効率を最大化する研究を行っています.

リン吸着のバッチ試験

リン吸着実験結果

水田農薬の環境動態予測

水田農薬は安定した農業生産を考える上で必要な資材である一方,環境に流出することで,飲料水源の汚染や生態系への悪影響が懸念されます.環境配慮型の安定かつ安全な農業生産を展開する上で散布農薬の環境への放出量の把握が重要な課題となります.

散布農薬の環境への放出量を評価するためには,まず圃場(一筆水田)レベルでの散布農薬の動態を把握する必要があります.本研究では,水稲用除草剤を対象に,現地調査を基に圃場レベルでの農薬動態について検討,モデル化し,さらにGISを活用してこのモデルを広域に スケールアップすることで,流域レベルでの農薬の動態を明らかにしています.

農業用水路における流況調査
(筑後川水系巨瀬川流域)

水土里情報システムに
よる水田群の抽出
(筑後川水系巨瀬川流域,
黒色が水田)

PIV(粒子画像流速計測法)(1)

室内水理実験では,水槽内の流速分布を詳細に知りたい場合がしばしばあります.1点の流速を測定する方法(流速計)は各種ありますが,面的な流速分布を効率よく高精度で計測する方法としてPIV(粒子画像計測法)が強力です.PIVでは,まず計測対象流体中に比重1の可視化用の微細な中立浮遊粒子を少量混入させます.極めて微細で少量のため,流れに影響を与えることはありません.これにレーザシート光源を照射すると照射面に浮遊する可視化用微粒子だけが光り(上2枚の写真),その様子をビデオカメラで上方から撮影すると,まだら模様が時々刻々と変化する様子が記録されます(左下の写真).このまだら模様の時々刻々の変化を画像処理することで,流速ベクトルの平面分布の時間変化が得られます(下中央の写真および動画).

私たちの研究室では,メダカの流速に対する生息場選好性の定量化実験にPIVを使用しています.右下の写真は同じ水槽を用いたメダカの游泳実験の様子で,好みの水深や流速を選好しながらメダカ(黒い点)が遊泳している様子がうかがえます.

PIV(粒子画像流速計測法)(2)

PIV(粒子画像流速計測法)を開水路乱流計測に使用した例です.小段を流下する流れ(バックステップ乱流)の流速分布を計測しています.上がビデオ撮影画像で,求めた流速ベクトル(鉛直面内)が下です.

モーション・キャプチャー(メダカの追跡)

メダカは群れをなして行動することが知られています.個々のメダカは隣接魚の位置や距離を知覚して,その結果,秩序だった群行動が形成されます.

私たちは,メダカの群行動を室内実験で観察し,群行動モデルの構築を行っています.

左のビデオは,平面水槽内で10匹のメダカを遊泳させ,その遊泳行動を水槽上方に設置したビデオカメラで撮影し,モーション・キャプチャー・ソフトで10匹の游泳軌跡を示したものです.この動画から,時々刻々の個体間距離や相対的位置関係と,その瞬間のメダカの行動を抽出して,右図のような群行動モデル(行動パターンモデル)を作成しています.

10匹のメダカの群行動の追跡

メダカの群行動モデル
(行動パターンモデル)

回流型直線水路

メダカの生息場選好性の定量化実験や,剪断流場での浮遊物質の輸送に関わる諸現象の解明を目的とした水理実験に利用しています.微流速から高速流まで幅広い流速範囲での実験が可能な可変勾配水路です.

流量の調節にインバータ制御を用いており,パソコンを利用した流量の自動制御が可能です.

ビデオ画像処理による濃度計測(以前行っていた研究です)

開水路を流れる浮遊物質(上写真)を側方からビデオカメラで撮影し,得られた画像を処理することで,水路横断方向の平均濃度を知ることができます.画像処理にはパソコン(下写真)を利用しています.実験に用いた水路は,上で紹介しました回流型直線水路です.

得られた鉛直2次元濃度分布から,物質輸送に関わる各種パラメータを検討しています.これら水理パラメータの逆推定にはワークステーションを利用しています.

レーザ・ドップラ流速計(以前行っていた研究です)

2本のレーザ光線を交差させると,交差した部分で干渉してフリンジ(干渉縞)ができます.このフリンジの中を微細な浮遊粒子が通過すると,散乱光が時間的に変化します.レーザ・ドップラ流速計は,この散乱光の時間変化から流速を求めるものです.レーザ光を発するとともに散乱光を捉えるプローブ(上写真)と,レーザ光発生部・信号処理部(下写真)から構成されます.

従来のプロペラ流速計などのように,水の中に挿入せずに非接触で流速が測定できるのが特長です.

自作計測機器による現地観測(以前行っていた研究です)

現地観測では,観測目的に合致した計測機器が市販品に見当たらない場合が多く,自作の観測装置を制作・利用することがしばしばあります.左の写真は海域の底面近傍の流速と濁りの鉛直分布の測定を目的とした現地観測装置です.流速の測定には自作のプロペラ流速計,濁りの測定には赤外発光ダイオードとフォト・トランジスタを利用した濃度計が組み込まれています.見栄えは良くありませんが,なかなかのものです.

下の写真は北原式採水器を用いた採水風景です.上の写真で紹介した現地観測装置で測定した濁り濃度の値の検証のために同時に行ったものです.